鉄道模型 ドイツ国鉄 DRG 無蓋車 Om Ludwigshafen 3548(GFN 5210 K)

 今回はドイツ国鉄DRGの無蓋車 Om Ludwigshafenを紹介します。

 DRG Om Ludwigshafenは、プロイセン王国邦有鉄道 K. P. St. E. のOmmk[u]です。

 Ommk[u]は、プロイセン王国邦有鉄道の規格 Normalieにおいて、「無蓋コークス車、側壁高さ140~155cm、妻板フラップ有」に類別される Musterblatt (標準図番)II d2 III (3. Auflage)です。

 II d2 IIIはOffener Güterwagen (Kokswagen)として、欧州最多の生産量を誇るVerbandsbauart A 10 (K. P. St. E. :Ommk[u]、DRG:Om Breslau及びEssen、DB Om 12)の基礎となりました。

<Musterblatt II d2 III 主要諸元>

 バッファ間距離:9.8/9.1m(ブレーキ室の有/無)、軸距:4.5m、 積載量:20t

 Musterblatt II d2は、1891年から1913年まで22年の長きに渡り、シリーズ全体で約40,000両が生産されました。

 しかし、A 10とほぼ同じ形状・仕様となった II d2 III単独の生産量はわかりませんでした。(一部に約8,000両との記載あり。)

 形式名は、K. P. St. E. :Ommk[u]、DRG:Om Ludwigshafen、DB Om 04となりました。

 DBには2~3,000両が継承されましたが、車歴が古いため1950年代に廃車になっています。

 ただし、Omm 54へ部品が転用されたものもありそうです。

 無蓋コークス貨車のGattungszeihen Omですが、O:Offener Güterwagen、m:20t以上の積載能力を表します。

 また、DRG Gattungsbezirk:Ludwigshafenですが、II d2 IIIだけではなく、全く形状の異なるNormalieの石炭車(Musterblatt  Ce 146等)も同じLudwigshafenに類別されました。

 これはDBも同様であり、一口にOm 04と言っても全く別な形状も車両も存在します。

 II d2の経緯ですが、こちらによりますと、

「22年間の製造期間中に、いくつかの変更が加えられました。試作車は木製ドアでしたが、量産型ではプレス鋼板製のドアが採用されました。1904年からはプレス鋼板製の車軸箱が取り付けられ、1908年からは改良された設計により積載量が20tになりました。1925年からは「Om Ludwigshafen」と命名されました。

初期モデルは内部に斜め補強材がありましたが、「Ommk[u]」貨車は、遅くとも1909年までに外部に斜め補強材が取り付けられ、改造および強化された「Ocmk[u]」貨車は後付けされました。Musterblatt IId2 に従って製造された最終型の貨車は、外観上は後継の A2 と区別がつきません。」

以上、引用終わり

 著者注:Ocmk[u] 積載量:15 t、Ep. 1:Ocmk[u]、DRG:Oc Münster、DB:Oc 01

 GFNのII d2 IIIは、斜め補強材を取り付けられた後期型ですが、これは同社がA 10を先に出したからでしょう。

 なお、最後まで補強を実施しなかったOm Ludwigshafenも存在します。

 上記引用のように、IId2の最終型とA 10は外見上、見分けがつかないのですが、ブレーキ室形状が異なります。

 II d2は、ブレーキ室が開放で、屋根が妻方向から見て右下に傾いていますが、一方、A 10はブレーキ室がドア付きの密閉で、屋根が後方に向かって傾斜しています。

 欧州の模型では、標記と色違いだけというのが多いのですが、GFNの模型はきちんと作り分けられているようですね。 

 さて、ドイツの無蓋車Omは、日本の無蓋車とは大きく違います。

 外見上最大の違いは側壁の高さで、Om 04、Om 12は1,550mmであるのに対し、約8,000両が作られた日本の代表的形式であるトラ45000は965mmとなっています。

 ドイツのOmやOmmは妻まで同じ高さですが、日本は妻が高くなっていますね。

 運用上最大の差異は、可動部分です。

 日本の無蓋車は古い車種を除き、あおり戸が全面開閉しますが、OmやOmmの側壁は固定です。

 その代わりに両方の中央に観音開きの積載ドアがあります。

 そしてもう一つ、日本とは異なり、妻面に可動扉(Kopfklappen)が存在します。

 ブレーキ室のない車両は両方の妻面に可動扉がありますが、当然のことながら、ブレーキ室側には可動扉はなく、上写真の反対側だけが開くようになっています。

 扉の開き方は、ちょうどダンプカーの荷台と一緒で、上部が支点になり、中から外へ開く方式です。

 線路側の妻面の積載口は、一見すると不便に感じますが、これはWaggonkippanlageによる荷下ろしを行うからです。

 詳しくはこちらこちらですが、要はレールごと車体を傾けて、石炭などの中身を下ろすわけです。

 わかりやすい動画がありました。

 大型模型だけに迫力は十分ですね。

 これ以外にも貨車をレールに固定して180°回転させて下ろす方法あります。

 日本にもあったかも。

 この写真で中央のドアがわかりますね。

 でもこのドアから石炭を下ろすのは大変だったでしょう。

 なお、ドイツ型を始めとする欧州型貨車の権威であるこちらによると、DRGやDB時代にはOmの車室内部は灰色に塗られていたようです。

 プロイセン時代は茶色だったのでしょうか?

 ブレーキ用の圧縮空気タンクも装備されているようです。

 車軸配置は車体に対し、均等ではなく、ブレーキ室側のバッファから車軸までの距離は、反対側に比べると長いのですね。 

 側面下部のロープ止めなど細かく再現されています。

 辛口で知られるModellbahnfroklerでは、GFNのOm Ludwigshafenは「Perfekt」と評価しています。

 面白いのは同コーナーでは、Om 04(IId2 III)とOm 12(A 10)を同じものとして扱っていること。

 ModellbahnfroklerはEp. 3が基準なので同じ扱いなのかもしれません。

 現にGFNの模型はA 10としても販売されているというか、こちらがA 10の展開ですし。

 ところで車体側面の斜めの補強材がない元来のII d2の模型は、Pikoだけのようです。

 ただし、1959年初回発売の大変古い製品であり、おまけにこちらの情報では途中で形状が改悪されているそうです。

 上記の通り、OmやOmmは側壁が固定です。

 OmやOmmで側壁を唯一取り外すことが出来るのは、戦時型(溶接設計型)Omm Linzだけだと思います。

 Omm Linzは側壁が1000mmと他のOmやOmmよりも低くなっています。

 そういう意味では、Omは軍事輸送にはあまり向かないかもしれません。

 上記の通り、側面はドアだけで、他の側壁は開かないし、取り外せません。

 さらに妻面扉は、上軸固定の下開きですので、車両の積み込みも難しそうです。

 Google-AIでは妻面ドアが下軸でも開くとの回答でしたが、そのような写真を見つけることは出来ませんでした。

 フランスの無蓋車(OCEM 19/29やStandard A等)には側壁が変形しないように側壁の最上部に金属の固定板があるようですが、ドイツのOmは側壁上部に固定板はありません。

 ドイツ車と比べ、妻面扉がない分、フランス車(ベネルクス車)は、側面が2ドアになってるのが違いますね。

 なお、フランス車でもUIC Type Iには、妻面扉が設置されました。

 II d2 IIIは、大成功したA 10の基礎となりました。

 そして20万両以上が製造されたA 10は、ヨーロッパ各国の無蓋車に大きな影響を与え、その後製造されたドイツのOmやOmmは全てA 10の発展形と言っても過言ではないと思います。

 このように貨物輸送の一時代を築き、最多両数を誇った2軸コークス貨車 Om型ですが、製造は1960年代に終了しました。

 そして、1990年代に最後の一両が廃車になっています。

 しかし、無蓋車Om型自体が消滅したわけではなく、現在では欧州標準のボギー貨車Eaosに継承されています。

 2026/7/18 記

 

 

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