ドイツ国鉄 DRG 戦時型重貨物用テンダー式蒸気機関車 BR 42 555号機 (Liliput 42 03)

 今回は、ドイツ国鉄DRGが開発した戦時型の重貨物用蒸気機関車であるBR 42について紹介します。

 BR 42は、第二次世界大戦、特に1941年の対ソ戦開始による東部戦線における貨物輸送需要の急激な伸びには戦時型機関車BR 52では能力が不足し、また標準的な重貨物機BR 44では軸重が大きすぎることから製造された戦時急造型の重貨物用機関車です。

<DRG BR 42 主要諸元>

 型式:1'E-h2、バッファ間距離:23.0m、運転重量:96.6t、軸配置:1E、軸重:17.6t、過熱式二気筒、出力:1,325kW、ボイラー圧力:16bar、最高速度:80km/h、動輪径:1,400mm

 BR 42は、1938年のアンシュルス(ナチス・ドイツによるオーストリア併合)の結果、ドイツの一部となったオーストリアで使用するために必要とされた重貨物用機関車です。

 ドイツ国鉄 DRGの標準的な重貨物用機関車BR 44は、軸重が20tと過大なため、同等の出力を備えた軸配置1‘E、軸重18tの機関車の新たな設計が行われました。

 結果として、これは実現しませんでしたが、東部戦線での貨物輸送の増大に対応する軸重を軽減した重貨物用機関車が必要とされたので、上記及びポーランド国鉄PKP Ty 37の設計を基礎として、設計が行われました。

 BR 42には、1,600tの列車を平坦地で60km/h、また同じ列車を7‰で20km/hで牽引できる性能が求められました。

 当初、8,000輌が計画されましたが、すぐに3,300輌に下方修正されました。

 製造はドイツ各地のメーカーで行われましたが、後にポーランドの2工場も加わっています。

 最終的に1945年5月の終戦までに844輌が納入されました。

 また戦後にもドイツ、オーストリア、ポーランドで追加生産されており、総生産台数は1,081輌となりました。

 BR 42で特徴的なのは前照灯です。

 それまでのドイツ蒸機は前側端梁にライトが取り付けられましたが、本機はシリンダーブロックへ取り付けられています。

 これは他に類を見ないですね。

 BR 42はれっきとした戦時型機関車でしたが、BR 52とは異なり、「戦争が終わるまで持てばよい」ではなく、戦後の使用も考えられていたようです。

 ただし、60km/hを超えると振動が激しいとか、ボイラーが損傷しやすいといった戦時型ならではの欠点もありました。

 特にボイラーには大きな問題があり、運用には苦労したようです。

 また、BR 52と同様、寒冷地での使用のための密閉型運転台の採用や、Witteデフの装備などと言う、新機軸も取り入れられています。

 炭水車はBR 52と同じVannerntenderでしたが、台車は異なりました。

 実際にはBR 42/52で交換されたそうです。

 給水の難しい地帯、例えば広大なステップ、で使用するための長距離用炭水車及び水槽車、また復水式機関車も計画されたものの、そのような場所は敵に奪還されてしまったので、実現されませんでした。

 さて、戦時型機関車として作られたBR 42ですが、実際にはドイツおよびオーストリアでの使用がほとんどで、ポーランドでの使用は僅かでした。

 そのためもあり、戦災廃車は42 980の僅か1輌に留まりました。

 戦後、東ドイツ国鉄 DRには11両が継承され、1969年まで使用されました。

 西側には654両が残り、DBは649両を継承したようですが、実際には殆ど稼働しておらず、上記の通り問題が多かったので、1956年には全廃されました。

 この他にもザールラント鉄道のBR 42が1957年の同州のドイツ連邦共和国への帰属により、新たに加わりましたが、こちらも1962年には廃車になっており、DB最後のBR 42となりました。

 その他、オーストリア、ハンガリー、ルクセンブルク、ソ連、ルーマニア、ブルガリア、ポーランドでも使用されました。

 これらのうちポーランドではなんと1995年まで使用されたそうです。

 現在でも各国に動態を含めた保存機が存在しますが、ドイツ国鉄由来の機種はなく、すべて外国のBR 42のようですね。

 以上、Wikipedia 独語版 DR-Baureihe 42 より引用、参照いたしました。

 それで模型の方ですが、Modellbau-wikiによりますと、BR 42はDBでは早期に廃車されたためか、模型化は少なく、量産模型では、古典に属す1954年初回のPiko、1959年のTRIXを除くと、197×年のLiliput、2018年のMarklinしかありません。

 前二者は私は全く見たことがないですね。

 こちらで紹介するLiliputですが、Modellbau-wikiには197×年とあり、正確な発売年が不明です。

 恐らくですが、1980年代のはじめではなかったでしょうか?

 当時のLiliputは、他社に比べると繊細な分、走りはよくないというのが定番でしたが、こちらも例に漏れず、いかにも同社らしい製品と思います。

 ただ、BR 42に関しては、実車がシンプルなので同社の特徴はあまり発揮できませんね。

 動輪が金属なのは良いですね。

 ただし、Liliputはシーズンクラックが起きる可能性があり、大いに不安があります。

 細部がと言いましたが、上の銅チューブの表現はいまいちですね。

 Witteデフを装備しています。

 先輪はプレートです。

 BR 52のようにこちらもスノープラウを装備していますが、後に外されたそうです。

 上記の通り、前照灯がシリンダーブロックの上に取り付けられていますが、何か変ですね。

 まだプラ製ロッドが幅を利かせていた時代に、金属製のロッドは好印象でした。

 銀車輪、銀のロッドは今の目で見るといまいちですね。

 給水ポンプ?がひけてます。 

 寒冷地用の密閉式機関室。

 夏季や温暖地では大変だったようですね。

 Einheitsのキャブとはまた形状が異なりますね。

 当時としてはレタリングはきれいです。

 バタフライスクリーンは透明パーツになっていません。 

 後進側にも窓がついています。 

 いわゆるWannentenderです。

 BR 52とは台車が異なるそうです。

 テンダーはダイカストですね。

 走りは普通と思います。

 ただし、試走でゴムタイヤが取れてしまったのは、いかにもLiliputらしいですね。

 BR 42はDBでは早期に引退してしまったせいか、模型には恵まれていません。

 中古もほとんど見ることがなく、入手できてラッキーでした。

2024/7/18 記 



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