ドイツ連邦鉄道 DB 貨物用テンダー式蒸気機関車 BR 57.10-35 3468号機 (ROCO 04116)
今回は総勢2,500両以上が製造され、幅広く使われたドイツ連邦鉄道 DBの貨物用蒸気機関車BR 57を紹介します。
BR 57はプロイセン王国邦有鉄道鉄道が開発したE軸の貨物用蒸気機関車G10型です。
<BR 57主要諸元>
型式:E h2、バッファ間距離:18,910mm、運転重量:76.6t、軸配置:E、軸重:15.3t、動輪径:1,400mm、過熱式2気筒、出力:809kW、ボイラー圧力:12Bar、最高速度:65km/h。
ドイツでは、1910年から1925年までの間、2,500輌以上が生産されました。
この他にもルーマニア、スウェーデン等でも生産され、Wikipedia独語版によりますと、総生産台数は3,000台以上とあります。
戦後、DBには649両が継承され、1970年まで活躍しました。
G 10は、プロイセン王国邦有鉄道 K. P. St. E. の技術主任だったロベルト・ガルベ(傑作旅客機 P 8 (BR 38.10-40)等の設計で有名)が1907年にプロイセン機関車委員会に提案した貨物用機関車で、基本的にK. P. St. E. のタンク機関車T 16の足回りとP 8のボイラーを組み合わせたテンダ式機関車です。
G 10の位置づけとしては、ドイツで2番目となる5,000両以上が生産されたK. P. St. E. の軸配置 Dの重貨物機G 8.1 (BR 55.25-56)の軸重が、17.6tと大きかったことから、より低規格の路線でも使える機種として設計されたようです。
また同時にG 8.1の欠点でもあった最高速度が、5km/h高い60km/hとなりました。
そのため、幹線貨物専用で後には入換機となったBR 55と比べると、使用線区が広がり、旅客列車も牽きました。
なお、この両機種を比較すると、バッファ間距離はD軸機 G 8.1が18.29m、対するE軸機 G 10 が18.91mと、さほど変わりませんが、出力はG 8.1:927 kWに対し、より軸数の多いG 10は809 kWであり、G 8.1の方がずっと強力になっています。
これはちょっと意外ですね。
さてG 10ですが、T 16→T 16.1にならい、コネクティングロッドが第4軸から第3軸に移され、1910年より量産が開始されました。
おりしも第一次世界大戦が勃発し、本車の生産には拍車がかかりました。
本機は1920年のドイツ国鉄 DRG発足後も生産が継続され、最終的にドイツ向けに2,651両、そして上記のようにその他のヨーロッパやトルコで生産されました。
同時期の車種と同様、本車も第一次世界大戦の敗北による戦時賠償で222両が戦勝国に渡りました。
DRGには、K. P. St. E. G 10がBR 57 1001–2726として付番され、またDRGが調達した機関車にはBR 57 2892-3524が付番されました。
車番合計では2,359両となりますが、両数についての記載はありませんでした。
欠番があるのかもしれませんね。
DRGの調達機種には暫定型式BR 33で出場したものもあったようです。(後にBR 57へ改番)
その後、エルサス・ロートリンゲンの同型機を編入、そして第二次世界大戦の勃発により、第一次世界大戦で他国に渡った賠償機関車が戻ってきたり、あるいはルクセンブルクの同型機を編入し、仲間が増えました。
第2次世界大戦時には、本車は軸重の軽さを活かし、ドイツのみならず、占領した各国で使用されました。
特に東部戦線の標準軌区間では、軍事輸送に多用されており、記録写真も残されています。
中でも特徴的は運用は装甲機関車 Panzer Lokです。
欧州各国軍は装甲列車を運用しましたが、中でもドイツ軍は既存車両の改造ではない本格的な装甲列車を多数製造し、戦場に投入しました。
その一つ、1942年から11編成が製造されたPanzerzug BP-42は、装甲機関車を列車の中央に置き、前後対称な編成で装甲炭水車、火砲車、指揮車、火砲及び高射砲車、戦車運搬車、先導車の順で編成されておりました。
BR 57は軸重の軽さもあって、この装甲機関車に採用されました。
ただし、BP-42やその改良型 BP-44に関する資料は極端に少なく、Panzer-Lokに関しても、手持ちの資料ではその要目や製造数などは全くわかりませんでした。
ただし装甲ボディ架装はクルップのエッセン社で実施されたそうです。(ラスト・オブ・カンプグルッペ IIIの記載より)
BP-42、11編成、BP-44 10編成が製造されたので、BR 57 装甲機関車も20両程度、作られたものを思われます。
なお、実車の写真は見たことがありませんが、とある資料には戦時型機関車 BR 52もごく少数が装甲機関車に使われたとありました。
話を戻しましてBR 57は、第二次世界大戦後、ドイツ連邦鉄道DBへ649両が継承され、1970年まで使用されました。
コンピューターナンバーの採用された時期的ですが、運用中に付番されることはなく、休車となってから付番されたとの記述がWikiにありました。
貨物用の地味な機関車ながら、BR 57は現在、31両が保存されております。
過半数の22両が1990年代!!まで入れ替え用として現役だったルーマニア国鉄 CFRのもので、中にはドイツ仕様に復元されたり、動態保存機も居るようです。
なるほどといった感じですが、よく1990年代まで使っていましたね。
以上、Wikipedia 独語版 Preußische G 10 を引用、参照いたしました。
それで模型の方ですが、Modellbau-Wikiによりますと、地味な貨物用機関車なためか、約3,000両も製造された割には模型化された数は少なく、HOでは、ROCOとBRAWAの2社だけが製品化しています。
とは言いましても、BRAWAは2007年の製品ですので、長らく1983年製造初年のROCO製品が唯一の存在でした。
こちらのDB 3468号機は1984年の製品とのことです。
3088号機に続く2番目の製品のようですね。
なおModellbau-Wikiには、品番43220とありますが、1984年当時、旧番号だったはずですので、04116が正しいのではないでしょうか?
いずれにしても今から40年前の製品とは思えないほどよく出来ていますね。
弁装置周りも繊細ですし、当時、一体成型が当たり前だったボイラー脇の配管やハンドレールが別体化されています。
ナンバーはROCOの1980年代製品ですので、日本のNゲージのような、はめ込み式になっています。
後にキャブに直接印刷されるようになりました。
別稿に書きましたが、ROCOのBR 57の欠点として、煙突の位置があります。
装甲機関車の図面と重ね合わせて始めて気が付きました。
実車の図面と重ねて見ると、実物の煙突は明らかにもう少し前にあります。
一方、鐘はもう少し後ろで、あくまでEJの図面ですが、煙室扉とシリンダの前面が同じ位置のようです。
ボイラー脇のはしごは他のドイツ形式にはあまり見られません。
BR 57はP 8のボイラーだそうですが、長さは長いように見えます。
キャブ下の配管など、当時としては相当レベルが高いと思います。
他方、ここはやはり色を塗りたいところですね。
プロイセンタイプのキャブ。
屋根上には排気口がついています。
レタリングもきれいです。
ただし、銀メッキ車輪はいただけないですね。
BR 57には、pr 3 T 20、pr 2'2' T 21.5、pr 2'2' T 31.5やBay 3 T 20.5テンダーが装備されました。
なおTの前の数字は軸数、後の数字は水容量だった思います。
こちらはpr 3 T 20装備になるのでしょうか?
上の方の色が剥げているのでわかると思いますが、当時のROCO製品ですので、テンダーはダイカスト製で重量を稼いでいます。
またテンダーの3軸を駆動します。
走りの方は1980年代のROCOと言った感じで、至って普通ですね。
BRAWAは持っていないのでわかりませんが、古い製品ながら2020年代でも通用する出来と思います。
ROCOからは他系列と同様、ドイツを始めとした各国仕様が発売されております。
しかし地味な機関車ゆえ、あまり見ないですね。
2022年11月2日 記
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