青函連絡船 羊蹄丸 入港 (天賞堂 87006)

 今回は青函連絡船について、思い出とともに語ってみたいと思います。

 昨日帰宅したところ、これが届いておりました。

 はい、青函連絡船 羊蹄丸です。

 スケールは1/500、全長 約26cm。

 船舶模型としては比較的小型の部類に属すと思います。

 模型鉄道の老舗 天賞堂製品ですね。

 メーカーズプレートが燦然と輝きます。(その割にこちらは天プラと一緒で中国製ですが)

 ほんと偶然に入手できました。

 以前も書きましたが、青函連絡船はともかく模型に恵まれない存在であり、津軽丸型の本格的スケールモデルは、2009年頃に発売されたこちらの天賞堂製品が唯一の存在です。

 見た感じ、すごくよく似ています。

 長い船歴でところどころ形状が変わっておりますが、こちらは登場から間もない1965年頃の姿を再現しているそうです。

 道理でキャラクターが入っていないわけですね。

 津軽丸型の要目等はWikiなどを参照いただくとして、青函連絡船は私にとって格別な思い入れのある存在です。

 もう50年以上前のことですが、当時小学校低学年の私は、父の仕事の関係で、北海道に渡ることになりました。

 それまでは東京が長かったので、見知らぬ土地に行くのは本当に嫌でした。

 そんな私は、上野から寝台特急ゆうづるに乗り、遠路はるばる青森に到着しました。

 そして、生まれて初めて乗った大きな船、それこそがこちらで紹介する羊蹄丸だったのです。

 羊蹄丸自体の記憶はあまりありませんが、それでも絵葉書を買ってもらったことはよく覚えています。

 確か座席ではなく、畳の上で過ごしました。

 もう半世紀以上前の話ですが、3時間40分の旅がすごく長かったことや、海の色、船の中の独特の匂いを覚えています。

 あとは特に青森の駅から桟橋の乗船口までがとても遠くて。

 とは言いましても、私が北海道に滞在した約4年間、青函連絡船には相当数乗りましたので、上記はそれ以降の思い出かもしれません。

 結果として、津軽丸型の全7船には乗船できたと思います。

 そんな私が最後に乗船したのは、6年生の春の小学校の修学旅行でした。

 函館~青森、浅虫、弘前に行ったのではないでしょうか?

 私にはあまりいい思い出はないのですが、北海道の4年間はとても大切な思い出です。

 最初は嫌でしたが、慣れてしまえば、本当にいい人、いいところだったと思います。

 素朴で、決して金銭的には豊かではなかったと思いますが、大好きな土地でした。

 実は小学校6年に上がるとき、父がまた転勤になりました。

 しかし、私は修学旅行へ行くために、遅れて家族の後を追うことになりました。

 そして青函連絡船で先発する家族を函館の桟橋で見送ったのでした。

 ただし、小学生には乗り換えを複数伴う当時の長旅には無理があったので、東京へ向かったのは全日空のB-727でしたね。

 ところで青函連絡船には、船の旅ならではの独特な雰囲気がありました。

 今でもよく覚えているのが、出港時の銅鑼の音、そして蛍の光のメロディです。

 何か感傷的な気持ちにさせられます。

 実はこのモデルには実物からサンプリングした出港時の銅鑼の音、そして蛍の光が入っているのですが、まだ聞いておりません。

 あれ聞いたら涙が出てしまいそうで。

 青函連絡船の魅力の一つが、車両の航送です。

 函館の桟橋に横付けし、可動橋を接続、控車を挟んだ機関車が、せかせかと入れ替えを行っていました。

 港にもなかなか行けませんでしたが、たまに行くと、見ていたような記憶がある一方、見れなかったようにも感じます。

 間違いなく見ていたのは、大間へ行くフェリーで、当時、次から次に接舷し、自動車を積み下ろしするのを見ていたことはよく覚えています。

 津軽丸型には船尾扉が装備されており、航海中は閉鎖されています。

 天賞堂の模型は開放状態であり、扉は含まれておりません。

 別パーツでもあると良かったですね。

 後方が開状態なのは中の鉄道車両を見せるためでしょう。

 さすがは「鉄道模型の天賞堂」と言いたいところですが、残念ながら貨車の出来は今百ですね。

 縦横比が明らかにおかしいのと端梁や連結器がないのは大いに不満です。

 天賞堂ですから再生産は難しいと思いますが、次回生産されることがあったら、上記水密扉と、貨車についてのリニューアルをお願いしたいところです。 

 スクリューや舵も良く出来ていますね。

 こちらは接舷しない側面です。

 青函連絡船は青森でも函館でも左舷側を接舷します。

 上記の通り、青函連絡船は日本の民間船では最も有名かつ、身近な存在であり、船舶ファンだけでなく、旅行愛好者、そして鉄道ファンにも絶大な人気を誇りました。

 私は函館に居りましたが、海の近くにいると船というのはとても身近な存在です。

 しかしながら日本の模型業界は商船に対し、昔から冷淡極まりないのです。

 日本は確か世界第三位の海運国だったと思いましたが、商船のプラモデルは全くと言っていいほどありません。軍艦は同じものがおびただしいほど発売されているのに。

 そして青函連絡船もその例に漏れず、誕生から半世紀以上が経過したにも係わらず、プラモデルは1960年代はじめに発売されたシズキョーの製品しかないと思います。

 これは極めてレアな製品であり、まずお目にかかることはありません。

 これ以外には完成船舶軍艦模型で有名な小西製作所から、4本煙突の青函連絡船のキット(金属製?すごく高かった)と1/1250の完成洋上模型が出ておりました。

 これらもまた非常に珍しい存在と思います。

 いずれにしても創世記はともかくとして、日本の模型化アイテムは中国と並び、極端に偏っているように個人的には思いますね。

 というわけで、こちらの天賞堂製品は、初めて作られた入手できるまともなスケールモデルと思います。

 確か2009年に発売されましたが、人気が高かったのか、結構早くに売り切れたように記憶しております。

 私自身も、気には掛けていましたが、気づいたときには無くなってしまいました。

 天賞堂らしく、ネームシップ津軽丸から全7隻が発売されておりました。

 完全ではないようですが、船ごとの形状や塗装の違いも再現されていたようです。

 ただし、上記のように全て1965年頃のスタイルでした。

 ですので、松前丸は後の薄緑色ではなく、緑色の船体ですし、乗用車の搭載もありません。

 私にとっては実際に乗船した時代ですので、特に羊蹄丸はよかったのですが、せっかくですので、7隻でそれぞれ時代を変えても面白かったと思いますね。天賞堂ですし。

 こちらは1/500のスケールモデルです。

 船自体はそれほど大きくはないのですが、ケースの入った紙箱は相当大きいので、うちでは置く場所に苦労しそうで、とても津軽丸型7隻を揃えるのは無理ですね。

 天賞堂製品も発売から12年が経過し、今では相当レアな存在のようですし。

 それで今から15年ほど前、空前の食玩ブームが起きました。

 殆どはキャラ物、自動車、飛行機、WTMに代表されるAFVでしたが、世界の艦船など、軍艦や船の模型も少しはありました。

 しかし青函連絡船は、このときも全く見向きもされませんでした。

 確かに爆発的に売れるものではないと思います。

 でも、それは軍艦のプラモだって同様のはず。

 個人的には1/700のWLモデルと、1/150 or 220のWL/フルハルモデルがあったらいいなぁと思いますね。

 1/350の大和よりは小さいはずですし。

 プラモメーカー各社さん、ぜひよろしくお願い致します。

 天賞堂も再生産 and キット形式で発売してくれたらうれしいなぁ。

2021/10/4 入港

 


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